仁鶴師匠 〜ピンのかっこよさを教えてくれた〜

こんにちは。

日本夢之助です。

 

先日、笑福亭仁鶴師匠が亡くなられた。

組織の末端に位置する私は

ネットの報らせに触れて初めて知った次第なのですが…

喫茶店にて

なんばグランド花月にて進行係(裏方)として関わらせていただいた時期には

こんな私にも仁鶴師匠とお話しさせて頂いたことがある。

進行係の旨味といいますか、オイシイところは

舞台袖で先輩方の舞台を勉強できることである。

落語の高座で言えば

一番見に行ってたのは、仁鶴師匠の舞台だ。

舞台上での内容というよりは

袖から舞台に行く時の姿が印象的で、それを毎度見に行かせて頂いてた。

決して大きくないあの体一つ(ピン)で

舞台に出ていき

持ち時間一杯、客を笑わせ

一人で戻ってこられる。

(まぁ、当たり前である。

人が増えて戻って来たら、それはそれでおもろいのだが。)

あのNGKの舞台を小さな体で一人でもって10分ないし15分間支える「格好良さ」を

あの背中に感じていました。

ピン(芸人)の格好良さを教えていただいた方である。

人が増えたら(漫才コンビ・新喜劇)笑わせるのが安直な話ではないのだが、

コンビはコンビならでは難しさのあるだろうし

新喜劇(集団)みたいに人が増えればそれだけ難しくなるのかもしれない。

しかし

それにしても

一人なのである。

わたしも元々一人(ピン)だが、

(ああ、ピンでいいんだな)と再確認出来るのである。

※こういうのは、ピンでどうにかなってる奴の台詞だけど。

ある年に、仁鶴師匠が独演会を開催された時に

同時に発売したDVDを買いまして。

同梱されていた本に

“演技しすぎると、それはそれでダメである”というようなことを書かれていたのが印象的で、

それについて直々に話を聞きたく、訊きに行った事がありまして。

しかし、質問している最中に、

”演技力をセーブ(コントロール)できるほど己に演技力があるのか?”と

はっ!と気づいて、

ひとり凄く恥ずかしくなった思い出がある。

その時のお話はなにも覚えてないw

舞台袖ではよくロシア民謡を口ずさんでらっしゃった。

NGKの週始まりの火曜日の朝、楽屋入りで白黒のチェックのジャケットで

「おはよう」

と挨拶をいただいた爽やかな姿をまだ鮮明に残っている。

ありがとうございました。

ご冥福をお祈りいたします。

 

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それにしても、

前回の投稿は4月22日、チャーリー浜師匠が亡くなられた時で、

それ以来である。

俺は、人が死なな書かんのか!

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